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●失踪日記 / 吾妻ひでお

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【これを読んだら貴方も失踪したくなる??】

吾妻ひでおといえば元祖美少女&SFコミック作家のような位置付けであり、「ふたりと5人」とか「やけくそ天使」とかは愛読書のひとつであった。
ほのかなお色気が、適度に省略された絵柄もあいまって非常に上品な感じがして、同時代のラブコメ漫画家の柳沢きみおなんかのような生臭さが無くて共感が持てる漫画家であった。
その彼が失踪していたとは知らなかった。

失踪時代の話、自殺未遂、アル中の話など、仮に、つげ義春あたりが書こうものなら、全面黒ベタで、どんなにポジティブな人間が読んでも落ち込んでしまいそうな内容を、彼独特の妙に明るい、シリアスを排除したタッチで描いているので、読んでいて不快感が無い。
自殺しようと思って坂道で首を吊ったら死ねなくてそのまま眠っちゃったり、ホームレスの食い物を失敬してしまったり、拾ったてんぷら油を舐めて滋養供給したり、アル中の時に見る幻覚なんかのエピソードを、あの「ひでおタッチ」で漫画化されると、ついうっかり笑ってしまうのだな。
幻覚を見すぎて、俺は狂うんじゃないかと書いてあるんだけど、笑えてしまうのである。
山田花子(注:同姓同名のコメディエンヌではない漫画家。故人)が同じネタで書いたら、俺も死にたくなっちゃうかもしれないけど、そこが吾妻ひでおの凄さなのかもしれない。

どんなに最低の生活でも見かた次第ではポジティブになれるということか。
まあ、そんな真面目なオチをつける気はさらさらないのであるが、この本、むちゃくちゃ売れているらしい。そこかしこで色々な書評を見かけるのであるが、一番疑問に思うのは「私はこの本を読んで失踪するのをやめた」とかいうもの。
ホントなのかよ?というような疑問もさることながら、この本はそういう本じゃないと思う。やたら教訓めいたり、人道的になるような書評の書き方は良くない。
というか、この本を読んだら逆に失踪してみたくなるのが普通の神経じゃないか?

だって楽しそうなんだもん。
実際問題、無茶苦茶悲惨なのであるが、それがとても楽しそうに見える。
そこがこのマンガの凄さであり、売れた理由ではないかと思うんである。
この本を読んで、俺も失踪してみた。とかいう書評があったら断然面白いのにな。
失踪とか、蒸発なんて些細なキッカケがあれば出来るものなのかもしれない。
この本に何か感じるのならば、是非あなたも失踪して体験し、それを書くべきだ。
自分では絶対に出来ないから、そう思うのだけれど。

この本を読んで教訓的に感じるのだとすれば、失踪の話よりもむしろアルコール中毒に関する話のほうにその要素が強い。
アル中ってのは度を越して精神依存型から肉体依存型になってしまうと一生治らないらしい。不治の病なのだ。しかも、自分では自覚症状が無いうちに依存症になっていくのだ。怖いなあ。
吾妻は、アル中になって精神病院に強制入院させられるわけだが、ここで出会う人々がさらに怖い。特にアル中の女性が怖い。吾妻流の美少女系の絵柄で可愛らしく書かれているのだが、アル中だ。これは恐ろしい。ここまで恐ろしいと、酒を控えてみようという気になるから不思議だ。
だからこの本は、失踪したい人よりもアル中になりたくない人に勧めたい本である。

吾妻だけの事を書いたが、この本を読んで「すげえなあ」と思ったのは、吾妻本人の方ではなくてむしろ奥さんの方である。
普通なら離婚ものだわなあ。

続編が出るのであれば、是非奥さんの視点でみた吾妻ひでおの本が読んでみたい。
最後になるが、既にこの本を買って読んだ人のために。カバー裏側にもオマケのインタビューが載っている。こういう本は隅から隅まで読まないと損をするのだ。