筆者の購入したDVDや本、鑑賞した映画、テレビ番組、コンサート等のインプレッションを書いています。
Top > 書評 > マンガ

●汽車旅行 / 大城のぼる

小学館クリエイティブ発行
画像をクリックするとAmazon.co.jpで本が買えます。

【古き良き時代の鉄道マンガ】

今回の書評は一転して戦前の漫画である。
大城のぼるという作家による、幻の漫画「汽車旅行」の復刻版を紹介しよう。
昭和16年に刊行された本で、東京から京都まで東海道線を父親と一緒に旅する少年の物語である。
昭和16年といえば、日本が太平洋戦争に突入した年で、その影響か漫画自体は名古屋駅に到着する部分までしかないのだが、そのような暗い世相は全く反映されておらず、のんびりとした汽車の旅が描かれている。

列車の中では、車窓の風景を見ながら主人公の太郎君とお父さんが会話していく内容が中心となっている。東京の歴史に始まって、蒲田、川崎、鶴見、横浜と通過していく間に語るお父さんの博学ぶりが素晴らしい。

昔の父親は皆物知りだったのだ。
貴方は子供に聞かれて東京の歴史をすぐに答えられるだろうか?
江戸城を建てたのは太田道灌であるとか、川崎大師は弘法大師を祀ってあるのだとか、横浜湾の開港は安政の時代だったとか、そんな事を即座に答えられるお父さんは今の世の中にどれくらい居るだろうか?

だが、この漫画の圧巻は大船に到着してからのエピソードである。
たまたま同席した人が大船の撮影所に勤めている人で、太郎君は彼からフイルム漫画(今のアニメーション)の作り方を教えて貰うのだが、この説明が20ページ近くに渡って非常に克明に書かれているのだ。非常に丁寧に書かれており、アニメーションの仕組みが良く分かる。この説明は現代でも通用するものであろう。

太郎君は、静岡に近づくと、箱根超えあたりで仲良くなるベレー帽の女の子と一緒に、お父さんから「羽衣物語」や、浜松では豊臣秀吉の幼少の頃の話などを語って貰う。
今のお父さんは空で昔話を語ることが出来るだろうか?
さらに岡崎から乗ってきて同席するお婆さんには、蜂須賀小六と日吉丸のエピソードを語って貰うのである。現代ではまず、ありえない世界だ。

このような漫画を読むにつけ、今の子供は本当に可哀想だと思ってしまう。
小学生にして、既に夢が無い。
歴史の勉強は受験のためでしかない。
テレビをつければ低俗なお笑い番組や中身の無いアニメばかり。
ちょっと真面目になると、やたらヒューマニズムだ、やれ感動の嵐だのと堅苦しいことこの上ない。
電車で相席になった人とは知らん顔。子供に愛想良くしようものなら、人によっては親に睨みつけられてしまう世の中だ。
もうちょっとのんびりと、純粋に、知識を習得し、楽しんでいけるような子供時代を過ごさせてやれないものだろうかと思ってしまう。
このマンガには、それがある。

そういう時代だっただけのことと、切って捨てるのは簡単だ。
今の子供たちが、このようなマンガを読んでどう感じるかを聴いてみたいものである。旧かなづかいであるが、ふりがなが付いているので親子で読めば小学生でも理解できるだろう。
是非、親子で楽しんで貰いたいマンガである。

大城のぼる作品の魅力は、可愛らしい絵柄にある。
太郎君も、途中から仲良しになるベレー帽の女の子も、実に愛らしい。
そして、フィルム漫画作成のモデルとして出てくるウサギと黒人がイカしている。
特に黒人の絵は味があって非常に良いイメージなのだが、ちびくろサンボを廃刊に追いやった視点で見てしまうと、この黒人の絵柄もちょっとマズイかもしれない。
大城作品では、このほかに「火星探検」「愉快な鉄工所」が復刻されており、どちらもオススメの作品である。
さらにこの時代の漫画を楽しみたいかたには、織田小星作/樺島勝一画の「正チャンの冒険」、田河水泡の「のらくろシリーズ」をお勧めしておく。
両者とも、いずれ書評を書き加えておきたい。