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●喜劇新思想大系(上・下) / 山上たつひこ

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喜劇新思想大系(上)
喜劇新思想大系(下)

【山上たつひこによるエログロナンセンスマンガの真骨頂】

喜劇新思想大系とは、重厚なタイトルであるが、内容は下ネタ連発のギャグマンガである。
「がきデカ」で一世を風靡した山上たつひこが、「がきデカ」を少年チャンピオンに連載する前に、「マンガストーリー」なる雑誌に連載していたものである。
大人向けの雑誌であるため、「がきデカ」よりも一層エロチックな内容が多く、それも今の水準で見るとたわいない内容なのであるが、当時はかなりセンセーショナルな内容であった。

私が初めてこの本に接したのは、多くの同輩がそうであるように、秋田漫画文庫に収録されてからである。秋田漫画文庫では全6巻で刊行されていたが、今回発売されたものは、ネームをオリジナルに戻し、未収録ページなども網羅した「完全版」となっている。

主人公とも言える逆向春彦は等身大のキャラクターで、内容はともかく非常に親しみを感じたものだ。主人公の情けなさ度では、松本零士の「男おいどん」の大山昇太と良い勝負なのであるが、始終オナニーをしまくっているという、恥も外聞も無い分だけ、逆向春彦の方がリアルな若者のイメージに近いような気がする。
さらに、池上筒彦、悶々時次郎、師匠、与一らの酷い顔だちの脇役たちもキャラクターが立っていて良い味を出している。
ヒロインで登場する「めぐみちゃん」にしても「がきデカ」のジュンちゃんモモちゃんよりは色気があって中々宜しい。

コンニャクの用途や、正しいエロ写真の作り方、手軽に作れる人工妻、背中に電極を差して行う「手軽に出来る人工オナニー」などの手軽シリーズなど、なかなか参考に(???)なる説明があったり、自分で自分のイチモツを咥えてオナニーしようとする描写など、常識はずれの度を越した馬鹿らしさで笑いを呼ぶ、毒に満ち足りた作品である。
どうしてもエロの部分がクローズアップされてしまうが、「喜劇新思想大系」と題されているだけあって、エロ以外のギャグの部分にも実験的な要素が多分に含まれていて興味深い。
初期作品では特に批判的な要素が強く、軍国主義への批判や政治への批判、医者の権威をこき下ろし、便乗商法への痛烈な批判などを笑いの中にちりばめていく。

本作で描かれる話は、概ね下品な描写でオブラートされているが、その下地にはかなりしっかりした批判精神があり、その筋が一本通っているだけに読み終わった後に不快感を感じない。それがこの作品の凄さであり、今読んでも古臭さを感じない理由であろう。

さて、本作は「完全版」を標榜しているとおり、秋田漫画文庫版には収録されなかった4作品が追加になっている。今回初めてこの4作品を読んで、何故秋田漫画文庫版に収録されなかったかが良く分かった。

「日本春歌考」では、後半、全く何の脈絡もなく寿司屋へ行き、そこで糞尿を食うシーンが出てくるのだが、この絵が雑で汚く、余計に破壊力を感じる。
恐らく、はじめは春歌を元に気の利いたマンガにしようと思ったのだろうが、どうにもネタが出てこず、締め切りに追われて強引にクソネタでやっつけたという感じである。
そうだとすれば、締め切りに追われた分だけ、糞尿の出し方・食い方が強烈で、物凄い迫力を感じる。正気を通り越して狂気の域に達したかのような絵だ。これでは収録できなくても仕方あるまい。

「タイコ持学入門」は春彦がタイコ持の修行をするというたわいもない話であるが、後半、気違いと間違われて精神病院に入院させられてしまうあたりがマズい。

「分解された男たちのブルース」は、時次郎の勤める?寺の館長が発狂して入院した精神病院に、春彦がアルバイトに行く話。これもかなりヤバイ内容である。

「逆向春世のしょうがい」(「の口英世のしょうがい」を改題)は、野口英世の伝記を書いたものであるが、その内容は身体障害者や被差別部落などかなりナイーブな部分に抵触するもので、今回復刻された事自体驚きである。
実際問題、野口英世の自伝の中には多かれ少なかれ同じような状況があったであろう事は想像に難くないだけに、その意味では真面目な自伝なのかもしれない。

以上、未収録4作品を改めて見てみると、とても大手出版社では掲載できないような内容と言えるだろう。さらに、97年に発売された講談社文庫版では、上記4作品に加えて「猟奇天国」、「与一の頭に穴四つ」がカットされていた。

「猟奇天国」は、医者の息子の乱一が、生きた猫を鋸で切り刻み、その血塗れの臓物に埋もれてマスターベーションするというまさに猟奇的な部分がヤバイし、「与一の頭に穴四つ」では、正当防衛とは言いながらも、めぐみちゃんが与一の頭にフォークを付き立ててしまい、それがロボトミー手術をしたのと同じ状態になっているというストーリーが問題だったのだろう。
特に「与一の頭に穴四つ」では、完全な白痴状態に陥ってしまった与一を他人事のように眺める周囲の主人公たちの態度が恐ろしさを倍増させる。

このように、現代社会ではまず復刊不可能と思われたこの怪作をオリジナル状態で復刊した出版社に敬意を表したい。
良からぬ自主規制等で廃刊になる前に買っておく事をお奨めしておく。
※どうでもいいけど、このレビューを書くのに漢字変換に苦慮した。
「気違い」や「白痴」など、一発変換できないのだ。
そういう規制って、どうかと思うんだがなあ。