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●姑獲鳥の夏 / 京極夏彦

講談社ノベルズ
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【驚愕の京極ワールド出世作】

こちらで映画版の解説を書いたが、これはその原作本の方のレビューである。

京極夏彦の登場はセンセーショナルであった。
妖怪や精神医学に関する深い造詣と、それを文章化する能力の高さに圧倒される。小難しい文章を書いているのだが、筆力で読ませてしまうのは流石である。普通、このような難しい話を延々と書かれると飽きてしまうものだが、この作者にはそれが無い。
一つの理由として挙げられるのが巧緻な文章構成力であろう。
映画版のレビューでも解説したが、この文章こそが京極夏彦の魅力の一つなのである、映像でそれを表現するのは困難だ。

この一連の作品は「妖怪シリーズ」と題されており、タイトルに必ず妖怪の名前が冠されている。ストーリーテラーになっているのは関口巽という売れない幻想作家だが、シリーズの他の作品では別の人物を用立てていたりするので、必ずしも関口がメインキャラクターというわけではない。ミステリで言うところの探偵役には2人の人物を当てている。文字通り探偵役になるのが榎木津礼二郎という人物。彼については後ほど解説する。
そして、「憑き物落とし」という名目で、事実上の謎解きをするのが京極堂と呼ばれる古本屋の主人兼拝み屋の中禅寺秋彦である。
この3人を主人公として、物語は推移していく。

冒頭から主人公の関口巽と中禅寺秋彦(京極堂)の会話が延々と続く。話題は心理学から始まって、フロイト、脳と意識、仮想現実、ダイダラボウシ、言葉と記憶の関連性、果ては量子力学にまで及ぶ。しかし、この雑談をおろそかにしてはいけない。雑談のあちこちに、このミステリの謎を解く鍵が隠されているのだ。
難しい話題を気楽に読む手法として、京極夏彦は突飛な比喩を良く使う。
「君の見ているもの、聞いているもの。触覚も嗅覚も、何から何まで脳という卸問屋が卸したものなんだぜ。専売だ。」
「脳味噌というものは層になっている。皮が幾重にもなっている饅頭のようなものだ。これは下へ行くほど発生が古い。餡子のところが一番古い。」
「僕は生まれてこの方、嘘と島田はゆったことがない。」
等々、昭和28年という時代背景を巧みに使いながら古臭くもセンスのある比喩と駄洒落を使っている。これも京極文学の特徴のひとつだ。
本作品では控えめであるが、連作を読み続けるにつれ、突飛な比喩と駄洒落を使う傾向が強くなっていく。

ミステリの枠ぎりぎりともいえる、驚くべきトリックも話題になった。
正等?なミステリファンからは異端扱いされた事もあるようだし、当然賛否両論あって良い。しかし、このトリックも全体の半分近くを占める関口と京極堂の一見無駄話に近い雑談があってこそのものだ。エラリー・クイーンならば、謎解きの前に、「読者への挑戦」でもしたであろう。答えは関口と京極堂の会話の中にある。
しかも、かなり初期段階で、その謎解きのヒントが書かれているのだ。
トリックそのものの是非はともかくとして、予め読者に与えられるだけのヒントを、ヒントと気づかせないように与えておくという手法は、正統なミステリとして評価するに難くない。しかも多くのミステリに見られるように、確かにヒントはあるが1行だけ、一言だけ、ほんの数文字だけ、というような詐欺に近いヒントではなく、数ページに渡ってその真意を解説しているのである。これをフェアといわずして何と言おう。

この作品に、さらに色を添えるのが名探偵榎木津礼二郎である。
旧華族の息子であり、ビルディングのオーナーでありながら、自らは探偵業を営んでいる。
但し、いわゆる世間様が言うような探偵ではない。黙って座ればぴたりと中ってしまうのだ。彼には「他人の記憶を見る事が出来る」という特殊能力があり、そのおかげで探偵などという職業を追営む事が出来るわけである。
だが、榎木津は奇人だ。相当の変人である。顔立ちは人形のように美形なのだが、躁病の気があり、端から見ると馬鹿にしか見えない。だから話を纏めるどころか、さらに複雑でややこしくし兼ねない。そんなものを探偵役として登場させてしまうところがまた凄い。
本作品にしたところで、榎木津が犯行現場に入った瞬間に、全てを見ているのだから、自ら警察にでも連絡すれば話はおしまいなのである。
まあ、本作品では比較的真面目に忠告した榎木津の進言を曲解してしまった関口の方に、事件を複雑化させてしまった原因があると言えないこともないのだが。
事件を「解決」するのは京極堂の役回りである。だから、本来なら京極堂を探偵にすれば良いだけの話だ。
しかし、京極堂は最後の最後まで事件には関わろうとはせず、狂言回しのような榎木津が事件を引っ掻き回していく。

メインキャラクターの個性が際立っており、そこに鬱病気質の関口巽がストーリーテラーとして加われば、勝ったも同然だ。
文章構成力が素晴らしく、トリックも奇想天外で、しかもキャラクターの個性が際立っている。これが名作にならないはずがない。

講談社ノベルズで初出され、文庫化もされているのだが、京極夏彦の「妖怪シリーズ」に接するならば、第1作の本作品から発表順に読み進めていくことをお奨めしておく。
話が時系列で繋がっているからだ。
昭和28年の夏に始まり、秋、冬、春と順を追って事件が発生し、その都度新しい脇役が登場し、京極ワールドを形成していくのである。
その流れの輪を断ち切ってランダムに読んでしまうと、この一連の作品の面白さの一部がスポイルされてしまう。分厚い本(京極作品の中では薄いほうだが)であるが、読み出したら止まらないはずだ。時間のあるときに、一気に読みきってしまうことをお奨めしておこう。