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●囚人狂時代 / 見沢知廉

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【自らの囚人体験を綴るドキュメント】

2005年9月7日、作者の見沢知廉は自宅マンションから飛び降り自殺した。享年46歳。
12年間に渡る拘禁生活のため、プリゾニゼーション、PTSDといった後遺症を患い、さらには骨粗鬆症とオーバードーズのせいで骨折を頻発し、挙句の果てには事故で手の指を切断をするなどの不幸に見舞われた。
長期の入院生活を余儀なくされ、収入もなく、精神的にも不安定な状態が続き、結果として死を選んだのではないかと推測される。
その作者が出所後に、自分の刑務所時代の思い出を綴ったのが本書である。
獄中から出版した「天皇ごっこ」が文学賞を受賞したので有名になったが、「天皇ごっこ」は小説とは言いながらも、やはり獄中筆記という制限付きだったために、傑作とは言い難い内容になっている。
その「天皇ごっこ」の中で特に面白かったのが、第一部の牢獄内でのエピソードであった。
本作は、その獄中時代のストーリーの原型とも言うべきドキュメンタリーで、肩肘張らずに自分の獄中生活時代を振り返って文章化しているため、非常に読みやすいと同時に、その強烈な内容に驚愕するばかりである。

似たような作家に安部譲二が居るが、こういっては安部氏には悪いけれども、かたや一介のゴロツキ、片や殺人も犯した政治犯では格が全然違う。
安部の本は明るい。「塀の中の懲りない面々」は、何度出所しても戻ってきてしまう懲りない人々をユーモラスに描いた快作である。安部の本の出演者たちが明るく見えるのは、彼らが短期懲役囚だからだ。
少しだけ我慢すれば出所できる見込みのある人々ばかりである。だから、彼らは出所の日を指折り数えて待つ事が出来る。目標のある人間は、明るいのだ。
だが、見沢の本は徹底的に暗い。安部譲二のような短期囚ではなく、見沢は懲役10年以上の長期囚なのだ。だから出たり入ったりという表現は、ここには一切ない。出られない人々も多数出てくる。
日本では無期懲役の刑を受けても出所できる。しかし懲役20年だ。それは目標とするには余りに遠い日々であろう。ましてや死刑囚になれば出獄など叶わない。それら長期懲役囚たちの日常は暗く、狂気に満ちている。
この本は、そのような長期懲役囚の驚くべき実態を赤裸々に描いた本として、貴重であるばかりでなく、その文章の読みやすさから一気に読破してしまえるという意味においても稀な本であると言えよう。

冒頭、拘置所時代の話からして抜群に面白く、ぐいぐい引きずり込まれてしまう。
三越事件の岡田茂、ホテル・ニュージャパンの横井秀樹らと出会うエピソードは強烈に面白い。悪いやつでも大物はどこか違うのである。「極限に置かれると人間がモロに出てしまう」というくだりは実に重みのある言葉だ。
その他有名人としては、金属バット事件の一柳展也、狭山事件の石川一雄らが実名で登場する。
特に、金属バット事件の一柳が、所内の野球大会で金属バットを持ち出しガンガン素振りをしているのを見て、周りの囚人たちがびびってしまうというシーンには不謹慎ながら大爆笑してしまった。

見沢は政治犯という事もあって、気に入らない事には反抗し、願箋を出し続けるので官に嫌われ、反抗囚として不当な扱いを受ける。
独居房に移され、気の狂った囚人達と労働させられる所は、淡々と描かれている分だけ余計にその恐ろしさが伝わって来る。

圧巻は、仮病を使って送致された医療刑務所でのエピソードだ。
医療刑務所と言っても、精神病のほうだから内容が物凄い。出てくる医者も狂っているが、看護婦も狂っている。それらの医療刑務所の内情を、狂気を装った見沢が訥々と語っているのだが、彼もまた本当に精神を病んでいたであろう事は、疑いの無い事実ではないだろうか。
生前は、それでもまだ楽しく読めた本だったが、見沢が自殺して以来、この本を読むのは心苦しい。
所内で2名の自殺者を見た見沢であったが、出所後、自らも命を絶つ事になろうとは、誰が想像しえたであろうか。

なお、見沢知廉はペンネームであり、書店で敬愛する三島由紀夫の本と自分の本が並んで販売されるようにしたかったから付けたという。
本名は高橋哲央(哲夫)。新左翼から新右翼に転向し、ゲリラ事件やスパイ粛清事件で殺人を犯した罪などによって、懲役12年の刑に処されている。
作家としての見沢知廉には、非常に興味を覚えるが、活動家としての高橋哲央については、私は一切評価しない。
活動家としての信念に基づいての行動だからなのだろうが、この作品に限らず彼の作品の中で、自分の犯してきた罪についての反省や贖罪など(特に殺人について)が全く無いという部分が、一個の人間として絶対に許せるものではないと言っておく。
そのように自己の罪に対して何の反省も無い人間が、12年という期間に渡って拘禁されたという事だけで出所してしまうという現在の刑務所のあり方は、果たして正しいのだろうか。
非人道的なやり方で、いたずらに長時間、刑に処しても何の効果もないどころか、むしろ逆効果なのではないかとさえ思ってしまうのだ。