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●レッドドラゴン



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2002年:20世紀FOX

監督:ブレッド・ラトナー

出演:アンソニー・ホプキンス、エドワード・ノートン、レイフ・ファインズ、エミリー・ワトソン他

【あくまでもレクター博士が主役のリメイク版】

「羊たちの沈黙」「ハンニバル」でお馴染みレクター博士が活躍?するトマス・ハリス原作のサイコホラーである。
1986年に「刑事グラハム/凍りついた欲望」(原題:Manhunter)で一度映画化されているが、こちらはアンソニー・ホプキンスがレクター博士役を演じているシリーズの中の一作として2002年に映画化されたものである。
今回、1986年版(以下、前作と称す)と2002年版を、間をおかずに見て感想を書いているので、興味のある方は両方参照願いたい。

前作との相違は2点。
まず1点目の差異は、冒頭でレクター博士がグレアム刑事に逮捕されるまでの経緯を映像化している部分である。レクター博士が捕まるまでのシーンを描いていることで、この映画の主役はグレアム刑事ではなくレクター博士であることを再認識させられる。
前作がグレアム刑事を主題に描いているため、レクター博士とのシーンが主題になりえず、非常に分かりにくさの残った映画だっただけに、両方を見るとお互いが補完出来て非常に見やすくなる。

レクター逮捕後、リタイヤしていたグレアム刑事を再び連続猟奇殺人事件の捜査に担ぎ出そうとクロフォード警部がグレアムを訪れるシーンから、内容はほぼ前作と同様に移行していく。従って、前作を直前に見た私にとって、本作はもう一度別の角度から映画を見ているような気分になった。
出演者のイメージは全然違っているにも関わらず、内容が同じなので違和感を感じない。このようにしてリメイクとオリジナルを時間を空けずに見るのも一興である。

実は本作を見る事で、前作が意外にも良く出来た作品であることを改めて感じさせることになった。もちろん、16年という時代の隔たりや、アンソニー・ホプキンスという名優を得たことによる新シリーズのアドバンテージは拭えない。
内容的な部分や脚本の優秀さなども前作より本作の方が秀でている。
にも関わらず、前作も「よくやったなあ」という印象を強くした。
これは前作の出来が意外にも良かったというだけでなく、本作の監督の手腕による所も大きいと思う。監督は「ラッシュアワー」のブレット・ラトナー。「ハンニバル」のリドリー・スコットなんかより余程気が利いている。脚本にテッド・タリー(羊たちの沈黙の脚本家)を再起用したのも大きいだろう。
原作をより理解したうえで、大きな改変を行わず、しかも脚本化の存在感を充分に匂わす修正を入れているという点で評価が高い。細かい部分の齟齬が無いので、前作を見て本作を見ても、ラストシーン以外違いがなく、すんなり見られるというのは、いずれも脚本がよく出来ている事の証であろう。
ハンニバルでは2人の著名な脚本家を迎えたにも関わらず、最低の脚本であったので、この再起用は評価されるべきである。

冒頭のレクター逮捕シーンは原作ではもっと後で語られる。原作はクロフォードがグレアム刑事を引っ張り出すところから始まっており、その意味では前作の方が原作に忠実である。
さらに言えば、原作では造船所に工員として勤務している事になっているが、映画ではフロリダの海岸沿いに一戸建てを持ち、半ばリタイヤ気味に悠々自適な生活をしているように見える。このあたりの表現は前作を踏襲しており、ひょっとするとフロリダの普通の庶民の普通の家庭の風景なのかもしれないが、ハーフ・リタイヤのリッチな隠居生活みたいなイメージがあって、それが「グレアムは刑事に引き戻される」というイメージを増長する感じがして悪くない。

レクター三部作としては「羊たちの沈黙」の出来が突出しており、駄作「ハンニバル」でのグロテスク度の増長は不快感を覚えたものだが、本作ではそれらのグロテスクシーンが極力少なくなっていてそれも好印象であった。グロ満載のSFX仕掛けよりも、精神に訴えるサイコホラーの要素を大きく取らねば、このシリーズの良さは出てこないだろう。

盲目の女性リーバ役で出演しているエミリー・ワトソンの演技が光る。彼女の存在が本作を前作以上の出来にしていると言っても過言ではない。エドワード・ノートン(グレアム役)もレイフ・ファインズ(犯人役)も素晴らしい演技であったが、何と言っても光るのはエミリー・ワトソンだ。彼女が前作に居たら、前作ももっと良くなっていただろう。
あと、「カポーティ」でトールマン・カポーティを見事に演じたフィリップ・シーモア・ホフマンが下衆な新聞記者役を好演。これも前作とは段違いの配役である。

脚本が優秀なのは、犯人ダラハイドの過去をばっさりと割愛したところにもある。これは前作もそうだったのだが、原作ではダラハイドの「三つ口」の理由や少年期から青年期にかけてのエピソードがかなりの分量を使って描かれているが、前作、本作ともそこは割愛している。ただ、ダラハイドが母の死後引き取られた祖母に罵倒され、それがトラウマになっているシーンは割愛していない。この部分がラストに生きてくるからである。

2点目の相違点であり、本作と前作の決定的な違いなのはラストシーンだ。前作では時間が足りなかったのか、進退窮まったダラハイドがリーバを自分の屋敷に連れていき、灯油を撒いて自殺する部分で話を終わらせているが、原作及び本作ではその先の話を用意している。

事件は解決したかに見え、グレアム一家は家に戻るのだが、実は自殺したかに見えたダラハイドは偽者で、帰宅したグレアム一家を襲うのである。息子を人質に取られたグラハムは息子が怖さのあまり小便を漏らしてしまうのを見て、とっさに閃く。
ダラハイドは幼少の頃、祖母に罵倒され虐待を受けていたのだ。その時の台詞をそっくりそのまま息子に向かって罵倒しつづけたのである。
そして、それに怯んだダラハイドが息子を突き放してグレアムに突っかかっていく事で息子を窮地から救ったのだ。
これは原作にはない部分で、良く出来た脚本であると感心した。映画の脚本とは、こうでなければならないというお手本のようなものである。原作を深読みし、原作を崩さない範疇の中で、そのモチーフを上手く利用して新たな解釈を加えるというのは、脚本家にとっての醍醐味であろう。

さらに本作では、粋な小細工を施して物語を終わらせている。
ヨットの上で平和を取り戻したグレアム一家の幸せな風景から一転、レクター博士の独房に切り替わる。
丁度、新人の女性FBI捜査官がレクターを訪ねてきていて、「どうせ会わないんだろう?」と言う病院長の言葉に反応して「何という名だね?」と訊くところで映画が終わるのだ。
それは当然クラリス捜査官である。
原作や、前作ではありえない、ちょっとしたお遊びであるが、こんなお遊びが出来るのもリメイク版ならではの面白さだと思う。

誉めてばかりもいられないので、多少の苦言を。
原作及び前作では、主役はグレアム刑事で、レクター博士は脇役に過ぎなかった。
そこを、本作ではレクター博士を主役としてしまったがために、グレアムの精神的葛藤に焦点が当てられなかったのが残念。その部分は前作のほうが上手く描ききっている。

あと、犯人役のレイフ・ファインズがカッコよすぎ。これもマイナスだった。あんなにカッコイイと、如何に唇に多少の傷があろうとも、全く犯人のコンプレックスが伝わってこない。

何はともあれ、駄作「ハンニバル」の後で、しかもリメイクという事になると色々やりにくかったと思うが、それをここまで仕上げたのは立派であった。レクター博士シリーズでは「羊たちの沈黙」に次いでお勧めしたい作品である。