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●ハンニバル・ライジング



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2007年:20世紀FOX

監督:ピーター・ウェーバー

出演:ギャスパー・ウリエル、コン・リー

【この最悪な日本趣味は何とかならんものか】

トマス・ハリスによるレクター博士最新作は、アンソニー・ホプキンスに「もうレクター役はやりたくない」と言われてしまい、さらに映画と原作のラストシーンが大きく違うなどの理由で続けられなくなってしまったために、仕方なくレクター博士の過去を書く事でお茶を濁した感じがある。本作品はその原作を映画化したもの。
若き日のハンニバル・レクター役にはフランス人のギャスパー・ウリエルが演じた。

ハンニバルの生い立ちを描くことで、彼が何故優秀な精神科医でありながら食人趣味に堕ちていったかを暴きだす。が、この設定はどうなのかねえ。結局は幼少期のトラウマが原因になっているというコトなのだが、それはレクター博士には似合わないような気もする。

冒頭、少年時代のハンニバルはドイツ軍の攻撃を避けるために山小屋に避難するのだが、運悪くそこを攻撃されてしまい、両親を失う。幼い妹のミーシャと二人きりになってしまったハンニバルは山小屋に篭り飢えを凌ぐが、そこに敗走してきたドイツ軍協力者たちが入り込んでくる。この男たちが、飢えを凌ぐために狙った獲物がミーシャだった。
ハンニバルは目前で妹を殺され、食われてしまうのである。これが彼のトラウマになっていく。

激寒の東部戦線では食糧不足のために、カニバリズムがあったというのは本当の事らしい。旧日本軍でも南方戦線で死亡した友軍兵士や殺した米軍兵士を食ったという話がある。(その話は鬼才奥崎謙三の姿を描いた日本映画「ゆきゆきて神軍」で暴かれるのだが、この映画のレビューもいずれ書く予定)
確かに目前で妹を食われたというのは半端ならぬトラウマになるであろう。しかもミーシャ役の少女が物凄く可愛いんだよね。こんな妹を食われたんなら気が狂っても当然である。
だが、ハンニバルファンとしては、このようなトラウマの形成はあまり歓迎できない。幼少期の問題より、成人してからの屈折のほうがハンニバルらしいと思ってしまうのは私だけか。
ま、原作者が書いてることだから仕方ないんだけど。

舞台は青年期に移り、かつて自分の家であったレクター城はソビエト軍に没収され孤児院として使われ、そこにハンニバル自らも収容されている。
戦争のショックで失語症に罹っており、これがまたハンニバルらしくなく幻滅。
そこを脱出して、フランスに居る叔父を頼るのだが叔父は既に戦争で他界。残された妻のレディ・ムラサキ(日本人)が居るだけであった。
ところがこのムラサキさんってのが剣道の達人で、ハンニバルは彼女に剣道の指南を受ける。このシーンは幻滅どころか失笑するしかなかった。よりによってハンニバルに日本趣味ですか。
これは前々作「ハンニバル」で勝手にラストシーンを改変され、日本人の子供に脳みそを食わせるという下衆な終わらせ方をした映画へのあてつけだろうか。

本作品では、原作のトマス・ハリス自身が脚本を書いており、そういう意味では原作との齟齬は無いと思われるが、いざ原作を読んでみると割愛した部分が多すぎて、それが気に入らない。特に戦争で両親を失う前の優雅な生活ぶりには殆んど触れられておらず、その暮らしぶりと、悲惨な事件以後との対比があってこそ、鬼畜となっていくハンニバルの姿に共感できるのであって、そこの描写が少なかったのは残念というしかない。
初めてハンニバルが殺人を犯す動機も叔父の急死が絡んでいるだけに、映画では既に死んだことになっているために説得力が薄くなっている。

レディ・ムラサキ役のコン・リーは、中国人の女優で、映画版の「マイアミバイス」に出ていたので覚えている人も居るかもしれない。ちょっと山口百恵を連想させる顔立ちで、あまり中国人らしくない。そういえば「SAYURI」にも出てたっけ。
彼女の演技はかなり光るが、こういう時こそバイリンガルで完璧に演じ切る日本女優が欲しいものだ。

典型的な外人の発想に基づく日本趣味満載なので、そこが辟易としてしまう。原作ではもう少し日本に対する理解力があったと思うんだが、映画化するとこうならざるを得ないのであろうか。唯一、なるほどねと思ったのがDVDジャケットになっている映像。これは、映画を見るまで拘束衣に使われる皮製の猿ぐつわ(「羊たちの沈黙」なんかでも、このような形の猿ぐつわをされたレクター博士の映像がある)かと思ったら、そうではなくて鎧の面具であった。普通の面具とは少し構造が異なっていて、意識的に猿ぐつわに似せて作っているのだと思うが、こういう連想は悪くない。

映画としてみた時、評価に値したいのはグロシーンを出来るだけ排除していること。特にミーシャを殺害し食うシーンは殆んど映像化されておらず、心象として再現される部分にのみ留まっている。これは上手いやり方であると同時に、ミーシャへの気持ちが見る者にも伝わってくる。ハンニバルはミーシャを食った犯人たちを次々と殺していくのだが、殺される犯人たちに見る側としての同情心は沸いてこない。逆に、やっちまえ!という気持ちになっていき、ハンニバルが一人殺すたびに爽快になり、ついつい喝采を浴びせてしまう。これはグロシーンが極力排除されているからであって、これがハンニバルみたいなグロの連続だと、却って引いてしまい、ハンニバルとの精神共存が出来なくなってしまう。そういう意味では良く作られていると思った。

相手の屋敷に忍び込むシーンでは、逆に囚われてしまうのだが、事前に仕掛けておいた時限爆弾の爆発によって窮地を脱する。捕まるところまで想定済み??思わず、そりゃ出来すぎだろうとツッコんでしまったが、以後のスーパーマンぶりを彷彿とさせて、なるほどと感心してしまった。

しかし、やはりハンニバルの食人趣味が復讐劇から始まっているという部分がどうにも馴染めなかった。この違和感は映画が終わった今でも拭えていない。出来が良いだけに、妙な日本趣味と、復讐劇に終始してしまった内容への違和感が残念でならない。これじゃ、ダース・ベイダーじゃんかよ。そういうのはハンニバルには似合わないと思うけどなあ。
殺人を続けるにつれ、戦争犯罪を暴く刑事から目を付けられるハンニバルだが、この罪は結局暴かれなかったのだろうか。このような大罪を犯した男が何故アメリカで精神科医になりえたのか。そのあたりの矛盾が出来てしまい、本作品は面白かったにも関わらず、その設定自体に違和感を感じざるを得なかったのが残念である。長く書き継がれていると少なからず矛盾が発生するものだが、フランスで何人も殺害しといて何のお咎めもなし、っていうのはちょっとどうなのかなと思ってしまう。

最後に主演のギャスパー・ウリエルに言及しておこう。
なかなかの役者である。少々美形過ぎるが、ハンニバル独特の歩き方をマスターするなど小技にも秀でていて、彼の抜擢には全く不満はない。
特に笑うと左頬に生じるゆがみ(えくぼというには大きすぎる)が屈折した性格を現しているようで、なかなか良かった。