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●12人の優しい日本人



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1991年

監督:中原俊

脚本:三谷幸喜

出演:林美智子、豊川悦司他

【冗談ではなくなった日本での陪審制度】

この映画を見る前に、是非、この映画の元となった「十二人の怒れる男」をご覧頂きたい。
十二人の怒れる男」(以下「怒れる男」と略す)をご覧頂くことによって、この映画の面白さは倍増する。

さて、三谷幸喜脚本による本作品は、元々三谷が在籍していた東京サンシャインボーイズの舞台劇として書かれた。それを映画化したのが本作品である。「怒れる男」のパロディとも思えるシーンが続出してくるので、そちらを見た上での鑑賞をお勧めしておこう。

怒れる男」が、有罪とされた被告を無罪に導く話だったのに対して、こちらは冒頭から全員一致で無罪。ところが、その中の一人が「やっぱり話し合いたい」と主張して有罪に切り替える。なるほど、「優しい日本人」は無罪の被告を有罪に持っていくという、「怒れる男」とは逆の話なのか。
だが、流石に三谷幸喜の脚本である。話はそう簡単には終わらない。

12人の陪審員のうち、3人は女性を配してある。この女性たちがいい味出しているんだなあ。陪審員5号の几帳面な女性役には中村まり子。この人、小川知子かと思ったら全然違った。ちょとした感じが似ているのだが、調べてみたらなんと中村伸郎の娘なんだと!!
映画では伊丹作品にも出ているようである。パニックシアターという小劇団を主宰しているようで、基本的に舞台俳優なんだな。
続く陪審員8号の、ちょっとメルヘン風の変わった雰囲気の優柔不断な主婦役に山下容莉枝。「渡る世間は鬼ばかり」で佐藤B作の奥さん役で登場しているから、割と有名なのかな?
映画「マルサの女」で、ストーリーには全然関係ないのであるが、桜金造と大地康雄がラブホテル前で張り込みをしている時に、小坂一也に連れられてホテルに入っちゃう可憐な少女を演じていたのがこの山下容莉枝で、あのシーンは何故か強烈に覚えていたりするのであった。
陪審員10号の頼りないオバサンには林美智子。本当にこの人はこういう役をやらせると天下一品である。
それら3人の女性が、良いアクセントとなっていて、そこが「怒れる男」よりも面白みを加えていると言っても良い。

話は、唯一有罪を主張した陪審員2号(相島一之)を中心に進んでいく。
みんな無罪を主張しているが、それは被告が美人で若い女性だからではないか。外見に騙されてはいけない。この事件には矛盾がある、として、その矛盾点を突いていく。
その展開は有罪無罪の主張の違いがあるものの、全く「怒れる男」と一緒である。真摯に説得を続けていく陪審員2号の姿は、「怒れる男」でのヘンリー・フォンダを彷彿とさせていく。そんな態度にほだされて、陪審員9号(村松克己)が有罪に態度を変える。それは、有罪への確信ではなく、「疑問があるならば話あってみよう」という態度であった。この転向も、「怒れる男」のスタイルを継承していて、そのあたりの展開は実に忠実である。

内容を吟味していくにつれ、次第に有罪説が浸透していく。だが、陪審員7号(梶原善)だけは、頑として無罪を主張し続けた。彼の役どころは怒れる男でナイターを見に行きたい陪審員7号(ジャック・ウォーデン)に一致しており、そのスタイルや途中ですねちゃうところなんかも全く一緒。これは「怒れる男」を見ていないと、彼の面白さが充分に理解出来ない部分だ。「怒れる男」との対比で言えば、陪審員12号(加藤善博)も、「怒れる男」の12号(ロバート・ウェッバー)と、非常に雰囲気が似ていてニヤリとさせられる。

序盤で全く発言せず、存在感皆無だったのが陪審員11号(豊川悦司)。だが、物語中盤で、弁護士であることを明かす。そして、無罪を主張している人たちに組していく。
このあたりから、話の内容が「怒れる男」の下敷きから微妙にずれていく。

※以後、ネタバレ核心に触れていくのでエンディングを知りたくない方は読まないほうが良いと思います。

確かに有罪だ。だが、殺人で有罪にするのは忍びない。というのが無罪派の主張である。
そこで陪審員11号は一計を案じる。殺人罪で有罪なのではなく、傷害致死で有罪にすればいいのではないか。そうすれば執行猶予がつく。執行猶予がつくのなら有罪でもいいか。陪審員たちは、一様に納得し、評決は傷害致死で有罪になるものと思われた。
だが、今まで「フィーリング」でしか話をしていなかった無罪派の陪審員4号(二瓶鮫一)が異を唱える。何か違うんだと。何だか分からないが、何かが違うんだと陪審員4号は訴える。

ここで大どんでん返しが訪れる。「怒れる男」でのヘンリー・フォンダ役は陪審員2号ではなく、実は4号だったのだ。彼の「違和感」が共感を呼び、次々に有罪への矛盾が指摘されはじめる。
「そんな事はない、彼女は絶対に有罪なのだ!」と主張し続ける陪審員2号。最後には有罪を主張するのは彼一人になってしまう。「あんな女が無罪になるわけがない!」と絶叫し続ける陪審員2号に対して、陪審員11号が諭すように語り掛ける。
「被告は貴方の奥さんじゃない」
陪審員2号は、被告と自分の妻をダブらせてしまっていた。「怒れる男」でのヘンリー・フォンダではなく、被告を自分の息子にダブらせて、最後まで有罪を主張し続けたリー・J・コップの役どころだったのだ!!
この瞬間の驚きは、「怒れる男」を見ていないと分からない面白さだ。しかも、序盤で伏線まで張ってある。陪審員7号が自分は独身であると告白するのに対して、2号は「女房は居るが別居中」と言っているのだ。
彼は被告と別居中の妻とを同一視してしまったがために、女房憎しで有罪であると主張し続けていたのである。

原作「怒れる男」を生かした上でのドンデン返し的な脚本は、さすが三谷幸喜と言いたくなる出来の良さである。だからこそ、何度も言うが、この映画は是非「怒れる男」を見た上で、ご鑑賞いただきたい。もちろん、見ていなくても楽しめる作品であることは間違いない。だが、この映画を100倍楽しむためには、是非「怒れる男」のほうも見て頂きたいと思う。

ラストシーンは、無罪で結審し、陪審員室を出て行く個々の人々の姿にダブらせて配役がクレジットされる。ここでのシーンでも幾つかの事実が暴かれて興味深い。
銀行員と名乗った陪審員9号は歯科医だったし、弁護士だと思っていた陪審員11号は実は役者だった。
この映画は、「怒れる男」での爽快感とは異なった意味での爽快感を後味として感じる事が出来た。焼き直しやリメイク作品にはあまり良いものは少ないのだが、本作品は希に見る快作であると思う。

ところで、この映画が出来た当時には夢物語であった日本での陪審員制度だが、裁判員制度として実現化しようとしている。その意味で言えば、対岸の火事的な感覚で見る事が出来なくなってしまった今、改めて鑑賞し、真面目に裁判員制度について考えるきっかけとしても良い作品なのではないかと思う。必見です。