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●天皇ごっこ-見沢知廉たった一人の革命

見沢と決別するためのドキュメンタリー

天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命 [DVD]
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 スパイ粛清殺人事件で懲役12年の刑を受け、下獄中に書いた小説が新日本文学賞を受賞した、見沢知廉(本名;高橋哲夫)は2005年に自殺した。
 これは、その見沢の死後、彼の知人たちにインタビューしたドキュメンタリーである。

 何故この時期に、という気がしないでもない。見沢は既に忘れられた作家であるからだ。

 まあ、ドキュメンタリーではある。が、冒頭、あまりにも突然な独白が我々を迷わせる。「私は見沢の双子の妹だ」という女優。あべあゆみという人だが、どうやら見沢の舞台を演じていく仮定で、見沢と自分を重ね合わせてしまい、自分は見沢の双子の妹だという妄想に陥ったらしい。怖いことである。もう、この時点でドン引き。続けて見るのを躊躇うくらいであった。この調子では、相当に事実をひん曲げているんじゃないかという気もしてしまう。

 拡声器を通しているのか、嫌に金属的な聞き取りにくい音声で流れる、滑舌の悪い声は、見沢本人のものだろうか。段々と興奮していき、最後に激昂するあたりは、まさに狂人としか思えない。何故こんな男に傾倒する人間がいるのだろうか。

 ここまで読んで頂いてお分かりのとおり、私は見沢という人間を全く評価していない。著作は全て読んだ。反吐が出るばかりであった。思想的な問題はさておき、殺人を犯しておいて、その殺された人に対する謝罪の気持ちが一片のかけらもない。そのような人間の著作に対して、私は全く評価することが出来ない。尤も、それは著作に現れてないだけであって、本人の心の中には謝罪の気持ちがあったのだ、とする人もいるようだ。しかし、彼の「囚人狂時代」を読み、一点の謝罪どころか、殺人を犯したという意識すら感じられない獄中態度しかみせていない作者に、その意識があったかどうかは甚だ疑問である。

 見沢に対する興味の発端は、新左翼から新右翼に転じたという事であった。極左は極右に等しいというのは私の持論でもあるが、まさかそれを実践した男がいるとは思わなかった。彼への興味はそこから始まった。「天皇ごっこ」に於いて、右翼も左翼も天皇を前にすれば等しいと論じきった見沢という人間は、どんな人物なんだろうという興味である。

 だが、「天皇ごっこ」はまだしも、それ以外の著作を読んでいくにつれ、私の興味は失望に変わっていく。獄中で彼がやってきたことは、右翼でも左翼でもなかった。自分かわいさのための努力のみ。恩赦のためにひたすら願箋を繰り返し、自分の意に沿わない事には徹底的に反抗する、単なる大人子供。多くの学生運動家に見た、聡明な知性を擁しながらも、幼稚な意志しか持たない未成熟の人間そのものであった。頭でっかちの餓鬼ほど始末に終えないものはない。

 では、何故私はこの映画を見たのか。それは、見沢という人間の立ち位置に関する疑問からである。彼は右翼、左翼両者にとって、一体どのような存在であったのか。その答えを期待しつつ、余計な演出を受け止めるのは避けて、インタビューのみを傾聴した。

 このドキュメンタリーでは、それに対してひとつの答えがある。二十一世紀書院代表の蜷川正大氏と、一水会顧問の鈴木邦男氏の発言の中に、それはあった。要するに見沢は極右という隠れ蓑を被った極左に過ぎなかったのだ。だからこそ、「天皇ごっこ」なのである。「野村秋介が”天皇ごっこ”などと言ったら大変なことになったが、そうではなかったのが見沢の立ち位置に過ぎない」と切って捨てた蜷川氏の発言に、私は思わず膝を打ってしまった。

 「右翼は粛清などしない」「彼の行動には当惑せざるを得なかった」と、当惑した思いを訥々と述べた鈴木邦男氏も同様だ。要するに、見沢は真の右翼たりえなかったのである。しかし、鈴木氏は、その存在を惜しいと思った。言う事は滅茶苦茶だが、何故か説得力がある。おそらく見沢というのはそういう人物だったのだろう。これは、一歩間違えれば松本智津夫(麻原彰晃)にもなりえる能力である。おそらく見沢は、スパイ粛清を行わず、そのまま右翼活動家を続けていれば、そこそこの人間になったような気がする。或いは、右翼かぶれの左翼者として切って捨てられたかもしれない。いや、その可能性のほうが高いだろう。まさに、このDVDの副題にある「たった一人の革命」を行うしかなかったのだ。だがそれは、決して革命にはなりえない。

 12年の刑を全くの反省なく終えた見沢は、出所後、政治活動はやめて著作業だけに専念するようになる。そして、オーバードーズが原因と見られる自傷行為を繰り返し、最後には投身自殺してしまう。あの12年間の獄中生活は何だったのか。出獄し、生き延びるためにやってきた12年間は、まさに無駄だったのではないだろうか。自殺行為そのものも、見沢を評価できない点である。

 ひょっとしたら、殺された者の怨念が、見沢を自殺に追いやったのかもしれない。そうであるとするならば、見沢という人間は、それだけの人間に過ぎなかったのだ。

 これで、見沢を断ち切ることが出来る。私もまた、逆の意味で、今日まで見沢に囚われていた一人だったのかもしれない。