オハ31系客車の表記で悩む

オハ31系のリメイクをやっているんですが、なかなか進みません。うだうだやっているうちに梅雨になってしまい、塗装が出来なくなりました。いつもこんな感じで全然進まないんですけれども、もう少しなんとかしないとダメですね。

で、客車の表記についてです。まずは表を見てください。

いわゆる10系軽量客車以前の「旧型客車」はその時代によって車体表記がかなり異なります。ですから、時代考証とかをきちんと考えようとすると、どの時代の塗装やレタリングにするかでかなり悩まされる事になります。

KATOのオハ31系は赤帯の入ったスタイルで販売されていますが、これは昭和14年以前のものになります。つまり、C57の二次型のように昭和15年以降に製造された機関車だと、赤帯付き客車を牽引させるのは変という事になります。

そもそも戦後の国鉄を考えるのなら、まず赤帯は無しという事になりますね。まあ、それはいいでしょう。

昭和34年の、ぶどう色2号の登場とともに、三等マークが消えます。一度に全車変更したわけではないと思いますから、ぶどう色1号+三等マークの車両と、ぶどう色2号の車両の混成編成があってもおかしくないと思います。ただ、この時車体表記も違ってきます。

昭和27年から、所属表記が形式番号の上に書かれるようになりました。さらに形式記号と番号が横並びに書かれるようになります。そして、昭和34年のぶどう色2号登場時に、所属表記は現在の車体隅に移動します。うーん面倒くさい(笑)

で、オハ31です。

ウチのレイアウトは昭和40年代から50年代前半を想定しているので、オハ31系は時代にそぐわない感じです。ただし形式消滅したのは昭和41年なので、ギリギリ何とか入線出来ない事もないという感じ。

そうなると、ぶどう色2号にして三等マークは無しというスタイルになりますね。この時代の最末期のオハ31は、二重屋根の明かり窓が潰されており、かなりみすぼらしいスタイルになってしまっています。それも面白いと思うので、1両はそのスタイルにしましょうか。明かり窓潰すのがスゲー面倒くさいです。

明かり窓を潰した最末期のオハ31。ぶどう色2号で塗るとなんかダサい感じが強調される気がします。屋根のグレーがおかしいですね。煤で真っ黒に汚れた感じにウェザリングをしたいです。

あまり車体改造しないで、塗装だけを塗りなおしたいとなると、昭和27年から34年までの表記にするのが汎用度が高くて無難と思います。ぶどう色1号、所属表記が形式番号の上。三等マークあり。問題は、そういう市販レタリングがない(あるかもしれないけど、簡単に手に入らなそう)という事。自作デカールで行くしかないですかね。これも面倒くさいなあ。どうせセミフリーですから所属は「関スイ」にしちゃおう(笑)

こちらはオハ31改造のオハフ30。緩急車が無いのがKATOラインナップの気に入らないところ。車掌室の加工、妻板の加工をしたほか、明かり窓を開けています。ぶどう色1号で塗りなおしています。

もう一両はシングルルーフのオハ30。木造車の鋼体化でノーシルノーヘッダーという出で立ちです。単にリベットとシルヘッダーを削ってGMの丸屋根を切り繋いで乗せただけですが、実車は窓サイズがスハ32系と同じで少し縦長なので、独特の風貌がうまく再現できませんでした。これはいずれ作り直しかなあ?

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KATOにはオロ30という、少し特殊な2等車があります。試作車両として2両しか作られなかったもので、オハ31系の2等車としてはオロ31のほうが一般的です。
ただ、意外と長命で、昭和36年に格下げとなってオハ27に編入されるまで残りました。

ぶどう色2号にしてオハ27にするのが1つ。オロ31のままにするなら、オハ31と同じく昭和27年以降のスタイルにするのが良さげですね。2等帯は青1号。こちらはまだ未加工です。格下げオハなら明かり窓をつぶして、オロのままなら明かり窓を開けるようにしましょう。

もう1形式、オハニ30があります。こいつは合造車なのでオハ31系の中では長生きしました。昭和42年に全廃ですので、ぶどう色2号のスタイルもありです。最末期にすれば、青15号の客車たちとも繋げられそうです。こちらも未加工。妻板の加工など、手を入れるところがたくさんありそうです。

これら未着手の車両たちも再塗装をしてレタリングなんですけど、インレタが無いので自作デカールを検討中。まだまだ先は長そうです。

 

 

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